人生なんてやってられるか

この前、4月8日はお釈迦様のお誕生日でした。
お釈迦様は「生老病死」などの人生の一大事に気付いて家出されたようです。
周りは、「そんな事考えるより、王子様として、国の為になすべき事をなせ」という感じであったようですが・・・。

私が子供のころなど、「核戦争が心配でいろいろ手に着かない」という子供も居たものです。
実際、原発事故まで起こってしまった。
学校の先生などは「心配しても仕方ない。そんな暇あれば勉強しろ」とおっしゃる。
それはそれで正しいかもしれない。

しかし、社会問題が気になって自分の人生を送れなかった。
人生なんてやってられるか?と言う感じでした。

20年ほど前には、東海村から敦賀まで、プルトニウムが輸送されるというので、びっくりしていたものです。
その輸送ルートや、時間が秘密にされていたけれど、
「東名高速道路を通って来るらしい」と言う噂で、東名高速道路から近くに住んでいた身には恐くてしょうがなかったものです。

おびえていてなんにも手に付かなったものですが、
それは、しかし何の役にも立たず、時間を無駄にしていただけであったかもしれないです。
自分の人生を送れなかったんです。
プルト君のビデオを見て安心してた方がよほどに有意義でマシな人生を送れたかもしれません。

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夢とうつつの

もう10年も前の西暦2001年の夏終わり、伯父(母親の兄)が死んでしまいまして、葬式をしたんです。
納棺、その後の遺体を燃やすにあたって、家の母親方の宗派である「曹洞宗」のしきたりに乗っ取っていろいろとやるんですが、遺体と一緒に燃やす物、三途の川を渡る為のお金など、近頃はいろいろと「環境に配慮」し、紙製の物にしてるようなんです。
そこまで気を遣うというのに、あの世に行ってまで必要なのか?老眼鏡と眼鏡ケースを入れてしまったんです。
自殺を試みる人に向かって「死んで楽になれると思ったら、大間違いよ」なんて言ったりしますが、死んでまでも生きてる間の体の問題、老眼なんかまで引きずらねばならないものなんでしょうかね?

焼き場にて、すっかり骨さえも半分以上燃え尽きてしまってるぐらいだったというのに、一緒に入れておいた眼鏡ケースだけが見事に燃え残っておりまして、
それから出る湯気をモロに吸い込んでしまった途端、気分が悪くなってしまい、控え室でひとり寝ておりました。
そのときは、近頃聞かなくなった「環境ホルモンだかなんだかよくわからないものを吸い込んでしまったんではないか」と思いました。
ゆめうつつ1
それから、数週間たったある日、毒を吸い込んでるかもしれないというのに、献血に行っておりまして、終了後、血液センターにあるまじき「同時多発テロざまみろ」というようなマズイ記事が載ってる雑誌をひろって読んでたら、夢とうつつの見分けが付かなくなって来て、どうやら貧血を起こしてたようで、まわりの人たちがご親切にも介護してくださいました。
枕というのは頭にするもんだと思ってたら、足にすべきものなんですね。
頭に血が伝わらない状態が、貧血なんですな。

頭に血が行かない。それなのに夢を見るのはどういう訳だろうか?
むしろ、そういう時だから、意識が薄くなりやすいんでしょうが。
枕を低くして眠れば、夢を見なくなるんだろうか?
覚者は夢を見ないとも言ったりしますが。
曹洞宗開祖の道元禅師は夢を御覧になったのやら?
昔読んだ、井上ひさし著の「道元の冒険」だったか?の本はなんだか最後にハチャメチャな感じになって夢かうつつか?よくわからなくなって終わってしまうようなお話だった記憶がありますけれど。

眠れない人は、横になっているよりも座ってる方が良いのかもしれないなと思いました。
プロレスラーくらい首を鍛えれば座ったまま眠っても首が垂れて来たりしなくて良いのかもしれません。

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Author:たまし
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